2019年9月3日火曜日

名門の名は浜ことば

名門の名は浜ことば
高橋幹夫


ひとり娘が産まれて、

「名前、エリっていうのはどうかな。今どきの変に凝った名前じゃなくて。字は、漢字というのも硬いし、ひらがなはかえって気取ってるし、カタカナで「エリ」っていうのはどうかな」とボクが言うと、ウチの奥さんは優しい表情で、

「そうね」と言った。

実は、その時、隠していたことがあった。いや、隠そうとして隠したんじゃない。

そのひとり娘のエリは、小学校に入学すると、我が子ながら、なかなか出来が良く、夫婦共に横浜生まれ横浜育ちのウチの奥さんとボクは、

「それなら、やっぱり、目指すはフエリス!」とハイタッチ。自分たちは中学高校と公立だったからなおさらだ。

「そうだ、このネットの書き込み、見てご覧」

「横浜で生れ育った方に質問です。私もハマっ子ですが、「Feリス」のこと、「フエリス」って言いますよね。幼なじみや、ご近所の「フエリス」出身のおばあちゃま、皆、「フエリス」と言います。最近は、面倒ですが、相手によって、「Feリス」と「フエリス」を使い分けています。横浜出身者は、皆、そうなのでしょうか。この、「Feリス」と「フエリス」の違いはどこから来ているのでしょう?」

「「フエリス」ですか、なつかしい響きですね。若い頃、「フエリス」の女の子の後ろ姿に、胸をときめかせたものです。こちらに引越してからは、「Feリス」と言わざるを得なくなり、「フエリス」と口にするのも、あのときめきを思い出すのも心の中だけになってしまいました」

「そういえば崎陽軒の「シウマイ」も「シュウマイ」ではなく、「シウマイ」。昔の人は「Fe」とか「Shu」とか、小さい「ェ」、小さい「ュ」が苦手だったのかも」

「明治時代は、漢字で、「ぬの」、「めぐみ」、お利口さんの「利」、横須賀の「須」と書いて、「布恵利須」だったそうです」

ウチの奥さんとボクは声を揃えて一緒に笑った。

「やっぱり、フエリスは、フエリスじゃん」

「それにしても、ウチのエリって、なかなかいい名前ね、フエリス合格、間違いないわ。エリがフエリス。名前を付けた時は、全然意識しなかったけど。あの子は、あの子の世代はフエリスじゃなくてFeリスって言うけど」

はまっ子同士だからこそ、一緒に笑えて、嬉しくて、ボクは気が緩んでしまったからか、つい、失言してしまった。

「いや、意識してたさ、考えてたさ」

ウチの奥さんの表情が変わった。

「え?どういうこと?」

白状した。初恋の子がフエリスだったということを。自分は公立、彼女はフエリス、ボクの思いに気付いてもらえないまま、遠ざかっていってしまったことを。隠そうとして隠したわけじゃない。というか、意識していた、考えていたと言ってしまったけど、特に意識してたわけじゃない、考えてたわけじゃない。

「エリは、エリの世代は、フエリスじゃなくて、Feリスって言うから、いいようなものだけど、これで、フエリスに合格できなかったら、パパの初恋の人の出身校から取った名前だなんて分かったら、フエリス落ちたらどうするの?」

「いや、別に彼女のこと、意識してたわけじゃないよ、別に考えてたわけじゃないよ。ただ自然に・・・偶然なんだよ」

「さっきは、違うこと言ったじゃない」

「それはそういう意味じゃなくて」

「じゃ、どういう意味?」

こんなことも、あったけど、エリは見事、フエリスに合格してくれた。

ボク達は、心境は微妙に違っていたけれど、声をそろえてエリに言った。

「エリ、フエリス合格、本当におめでとう」

「パパもママも何度言ったら分かるの。恥ずかしいから、ちゃんとFeリスと言って」

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